実は今日久しぶりにジムに行ったのだけど、あまりにも混んでいて走れなかった。走れなかったのはつらい!そういえばシベリアに抑留されていた旧日本軍人の多くにとって辛かったのは、飢え、寒さに加えて極めて単純な労働だったそうだ。自分の意思と関係なく、命令どおりに単調な作業を何時間にもわたって続けるということは相当な苦痛なようだ。それはそうだろう。個性も何も無い。ロボットである。
閑話休題。ジムだけど、結局上半身を8割くらいの力で一通りやってきた。自分にとってとても貴重な時間だ。気持ちが良い。またいつものペースに戻してどんどん走っていきたい。いざという時にどれだけの瞬発力、機動力で動けるか。そんなことを常に意識していたい。そしてそれを曲がりなりにも意識しているからこそ、ジムにも行く。
さて今週、来週ととても忙しくなる。研究関連の準備も多いし、来週は軍人たちにつきっきりの日々が待っている。これは楽しみだ。どんどん専門的な内容を、分野を問わず身に着けたいな。そうなるとしかし、いろんなことを穿ってみたり、斜に構えてしまったりして良くない。楽しいことは楽しいのだけど、なんとなく、いつの間にかそういう部分が自分の中で小さくなっているのかな。それではいかにも寂しい。バランスは難しい。とにかく、今月はすごく忙しい。
クリスマスから新年にかけて休養しようと思っていたのだけど、どうもそれは性分に合わないのか、時間があったら有効に使いたいのか、実は無為に過ごしていたのか、そこのところはどうか分からない。でもできることなら、クリスマスの前あたりの、ちょっと華やいだ雰囲気の頃に戻って、それに浸っていたいと思う。これができないんだ。なんと儚いのだろう。人の夢と書いて儚いだ。Blue Mondayのような心持だ。
しかし最近この葛藤と格闘している気がする。それはどんどん迫ってくる。だからなかなか落ち着かないのだ。それなのに時間は過ぎるので、それに負けないように自分の中の処理をしなければならない。強い気持ちと弱い気持ちは時々隣り合わせになって、振り子のように揺れる。止めてもまた揺れるからな。本当、勘弁してくれ。
人間とは何のために生きているのだろう。自分のために生きるというのは大変難しい。他人のためというのも大切だが、そればかりになるとダメだ。刹那的享楽も、たまには良いだろう。でも連鎖型手段的行為という、中長期的目標達成のために禁欲的になれるのは人間の特権であろう。しかし考えてばかりではいけない。自分の直感を大切にしよう。とりあえずは、人間は見た目が違っても何が違っても、やっぱり生まれて食べて寝て子孫を残して死ぬものだということだな。え!というような人も少なからずいるけど、基本は同じみたい。だからそれはそれで良いんだ。
今夜は早めに寝よう。
end
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